恨みの気持ちが消えない、根に持ってしまう

メッセージ

昔、自分にひどいことをしてきた人が今、のうのうと幸せに暮らしています!!

こちらは今もこんなに苦しんでいるのに…

全く許せませんよね。

しかし、残念ながら…

私たちが恨もうと呪おうと、

そいつは今この時も幸せに暮らしています!!

だってそういう人だもの。

何なら、あなたのことを覚えてすらいないかもしれません。

まさか、因果応報なんて期待していませんよね?

そんなもの実際あるかどうかわからないし、

あったとして、それっていつ起こるの?

よく宗教系の人は「必ずあります。それは現世ではないかもしれませんが、必ずあります。」

とか言ってますが

目の前で起こってくれなきゃ存在しないのと同じですし、そんな待ちきれませんし。

そんな不確実なものにすがって生きていられません。

あとは、 ‘’人を呪わば穴二つ‘’ についてはどうですか?

信じていますか?

本来ならば「だから他人を恨んではいけないよ~」という意味ですが

マイナス思考な私たちは、自分も地獄に落ちるけど、相手も落ちてくれるなら、刺し違えてでもいい。

そんな風に極端に考えたり。

でも残念ながらこれも確実性がありません。

じゃあどうしたらいいの?こんなにも苦しいのに…

トラウマになってしまって抜け出せない時、思い詰めてしまいますよね。

悔しいし最初は納得できないと思いますが、

他人を変えることはできません。

過去を変えることもできません。

そこで私がやっていることは、

かなり性格悪い方法ですが

「想像力を膨らませて相手を憐れむ」

です。

例えば、

「あ、この人、私にこんなこと言ってきたけど、鏡見たことないのかな?可哀想…」

「私にこんな絡み方して、暇なのかな、誰にも相手してもらえないんだな、可哀想…」

「あんなに他人を見下さないと自分を保っていられないんだな、余裕なくて可哀想…」

「自分を強く見せたくてあんな小者じみたことしてるのかな、本当はか弱い人なんだね、可哀想…」

「仕事だけで頭いっぱいになっちゃうくらいキャパ狭い人なんだな、可哀想…」

「頭が柔軟じゃなくて賢くないからこんなこと言っちゃうんだな、可哀想…」

「うわ…承認欲求?寂しがり屋さんなんだな…満たされない病気なのね、可哀想…」

などなど、例を出すとキリがありませんが

その人に合った同情を誘う哀れなストーリーを作ってあげています。

もう一つ、これが重要なのですが

一見すると、

それは本当に最悪の出来事だったように思えるかもしれないけれど、

実は、

自分に気づきを与える出来事だったかもしれない

自分を成長させる、殻の破壊のきっかけだったかもしれない

ということです。

今は受け入れるのは難しいかもしれないけれど、

後で振り返ってみると、

「あれがあったから今の自分になれた」

「あれがあったからこんな素晴らしい出会いがあった」

そう思うのです。

私たちがウジウジクヨクヨしている間にもストーリーは進行しています。

良くも悪くも必ず過去になってしまうのです。

客観視できる段階になれば、

「私が主役の映画であんな悪役をやってくれてありがとう!」

なんて逆に感謝の気持ちがわいてくるかもしれませんよ。

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