気のせいでしょうか?
いいえ、これ、誰もが一度は思ったことがあるはず。
確実なデータ等見たことが無いから明確には実際わからないけれど…
嫌ですね、何か、こういう、目に見えないものがありそうで。
そういう解明されていない、分からないことが苦手なのです。
(とは言いながらも、私は目に見えないものの存在を否定しているわけではありません。
むしろ積極的に勉強しています。ただ、「スピ界隈独特のノリ」が苦手なのです。
明らかに違和感のある「無理してる」意識高い雰囲気、
怪しげな金銭目的のセミナー集団、カルト宗教のような。そんなイメージがあるせいか…)
私がこれを初めて疑問に思ったのは小学生の時で、
当時、私が通っていた小学校では5、6年の二学年の間、
鼓笛パレードに全員が強制参加だったんですが、
難易度の割に華やかで楽なポジションの「フラッグ」の係が大人気で、全員が第一希望にするので全員じゃんけんで少ない定員を決めていたんです。
当然、運よくじゃんけんに勝った数人以外はみんな別のポジションになるわけです。
そんな中、二年連続でフラッグの係を勝ち取ったお友達がいたんです。
クラスで数人しかなれない、しかも毎年じゃんけんで決まる、
完全な運なのに、なぜ?
って、無邪気で怖いもの知らずな当時の私は、
そのお友達に聞いてみたのです。
そうしたら、
「私、実はね、別になんだって良かったの。全員じゃんけんだったから参加しただけなのに、そういう時に限って勝っちゃうんだよね。」と…
その言葉にすごく共感して盛り上がったことを覚えています。
例えば、
たまたま貰った福引券、引かずに帰りづらかったので仕方なく引いたような時に限って大当たりを引いてしまい気まずい気持ちになったりとか。
そういうこと、多いような気がします。
引き寄せの法則というのが有名ですが、
「願望の重要度が下がると実現しやすい」
なんて言っていたりしますよね。
重要度=執着
に繋がっているからだとか。
結果にこだわることで、「上手くいかない」
と意識が向いていっちゃうんですよね。
むしろ、「どうでもいい」
くらいのマインドでいた方が良いのかもしれませんね。
そうすると、元も子もない話ですが、
そもそも願望として強く願ってしまってる時点で執着なのでは…?
まあ、そんな話は今回はいったん置いておいて、
願望云々はさておき、
今の話で言いたいのは、結局、
人生も、肩の力を抜いて楽しんでいると自然とうまく行きます。
「楽しむ」がしんどかったり、
よく分からなかったりする私たちには
この表現はちょっと難しいかもしれませんが。
楽しむというのは思っているよりもっともっと広い意味で、
コンフォートゾーンとか、ルーティンとか、
穏やかな日常、ということですね。
これが、
運の正体、幸せに生きるコツ
なのでしょうね。


