バルトリン腺嚢胞からバルトリン腺膿瘍、造袋術で回復した話③

体験談

続きです。

結局、そんなわけでBとCはもう行きたくなかったので、


Aを予約しました。

人気のクリニックなので即日とはいかず、2日後になりました。


この時、膿瘍はサイズで例えるとビリヤードのボールくらいはありました。盛ると野球ボールって感じ。


信じられないかもしれませんが、
重さの体感もそんな感じでした。本当なんですよ!

(誰だよMAX鶏卵大までとか言った人)


本当にパンッパンでした、先生も看護師さんもびっくりしていました。


ここまで自壊せず大きくなったのも謎ですが


肛門の方まで前にせり出し、39度の発熱とひどい倦怠感で歩くことも出来ませんでした。


人生で一番体が重く感じて起き上がれない…インフルの時より辛かったです。


パートナーに助けを求め、解熱剤で何とかタクシーでA産婦人科に向かいました。


入り口までパートナーが体を支えてくれたのですが、男性付き添い禁止だったので入り口で手を離された瞬間倒れました。


痛くて座れないし、受付で事情を話し床にしゃがみ込んでいると、


看護師さんが迎えにきてくれ個室まで案内されました。


別室で横にならせてもらい、苦しさに唸っていたら、


診察の時間がやってきました。


一回見せてね、と言うことで診察台に乗って、


前回と同じように穿刺排液してもらえると思っていたら、


「これは手術だね、根治しないと今後もしんどいし、造袋術が良いと思う」


という趣旨のことを言われました。


もうその時の私はとにかくこの苦しみから解放されたくて、食い気味に了承したと思う…


とにかく早く助けて〜って感じで
(意識朦朧としててあまり覚えてない)


言葉もまともに喋れないくらいひどい体調不良でした。


その後抗生剤の点滴中に書類を書かされましたが、ペンを持つ力も残っておらず、なんて書いてあるかも分からないようなサインを力を振り絞って書きました。


そして、ようやく手術。


待ち時間の間に坐薬、抗生剤の点滴のほかに普通の点滴も打ってもらっていたので若干だるさは軽減していましたが具合悪過ぎて逆に緊張はありませんでした。とにかく早く楽になりたかった…


とはいえ手術中は不安と恐怖はありました。


いつ痛くなるんだろう?いつ終わるんだろう?と。


こう言う時って時間の過ぎる感覚遅くて永遠に感じるんですよね。


実際は数十分だったと思います。


そして、終わってしばらく点滴しながら横になっていたら、体調不良は嘘みたい楽になっていました。


6時間前は一歩も動けないほどだったのに。


普通に歩いて下の階の処方箋薬局まで行けました。


その後はさすがにまだ公共交通機関で帰るほどの元気はなかったので、またタクシーで帰宅。


帰宅後ちょっと出血して怖かったですが軽い生理くらい?まあそんなに問題なかったです。


ちゃんと縫ってもらったのが良かったと思います。


Cをキャンセルした後、ちょっと遠くの日帰りレーザー治療のクリニックも検討していましたが、すごい出血で怖かったと言う話をSNSで見たので、


結局近くのAに行って本当に良かった!


結果、バルトリン腺を失わず済みましたし。


造袋術という選択肢があって良かった!


帰宅後は処方された薬を飲んで寝ていました。


解熱鎮痛剤は朝方(3時半くらい?)にも飲んで、


朝、8時に起きたら体が羽のように軽くなってました(普段通りに戻っただけなのだけれど)。


前日本当に体調が悪かったので普段普通に動けるということのありがたみを感じ、


私の身体ありがとうって心から感謝できました。


食欲も出ず、本当に何も食べられないほど具合が悪くなっていたので、普段、食欲があって、美味しいご飯が食べられるということがどれだけ幸せなことなのか実感しました。


感謝と言えば、おそらく昼休み返上で手術してくださった先生、優しく接してくださった看護師さん、本当にありがとうございました。


本当に命の恩人!江戸時代だったら死んでた!

④に続きます。

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